まことの名人 0
その日の空は晴れわたっていた。
身体にあたる風も心地よい。
日海は信長とはどのような人物かを想像しながら対面の場に向かっていた。
日海が広間に入ると、信長の姿はなかったが、右にも左にも何人もの人が姿勢を正して座っていた。
それらを見ながら日海は用意された席に座った。
しばらくすると小姓に導かれて信長がやってきた。
その後ろに碁盤を提げた者も続いていた。
日海は囲碁の名手として知られ、信長に招かれたのだ。
「その方が日海かっ!」
思わずドキリとするような鋭い声だった。
「その方の名声は聞いておる。何度か細川の碁会にも参加したそうだな」
「はい。細川さまにはなにかとお世話になりました」
「うむ。ではさっそくご指南のほうをしていただきたいが、まさかわしがその方に先番で打ったとて敵うまい。置石は二つがよいか、それとも三つは置いたがよいか」
「さよう、五子ではいかがかな」と言った。
「なにっ!五子でと」
ざわめきが起こった。
信長の表情を窺っている者もいる。
信長の気性を知っている諸将はあわてた。
このときの日海の言葉はとんでもない発言だった。
信長が二子がいいか三子がいいかと言った、当然、置石などとんでもないことですと言うと思っていただけに騒然となった。
「ワッハッハッハ」
突然信長が大きな声で笑いだした。
居並ぶ者はどうなることやらと不安な表情をしている者が多かった。
「そうか、五子ではないと相手にならぬか」
そう言うと信長はもう一度大きな声で笑った。
「よかろう。こちらは指南を受ける身、指導者のいうことはきくものじゃ」
碁盤を運ばせると信長はさっさっと五子置いた。
一刻(二時間)経たぬ間に勝負がついた。
白、日海の一目勝ちであった。
「うーむ」
信長は唸りながら盤上を睨んでいる。
「一目か。どこで負けにしたかの」
「そうでございますね」
日海の手直しが終わると
「それでわかった!どうじゃ、もう一局。今度は負けぬぞ」と機嫌よく言った。
諸将たちは負けたことに信長が怒りだすのでは思っていただけにホッと胸を撫で下ろした。
そして再び五子を置き対局がはじまった。
すると、またもや白の一目勝ちとなった。
また諸将たちはあわてた。
一度ならまだしも二度も続けて負かされてあの信長が腹を立てぬはずはない。
「もう一局!」
今度は声に鋭さがあった。
諸将は皆ビクッとしたが当の日海だけはケロリとした表情で信長を見つめている。
今度もまた白の一目勝ちとなった。
そこに居並ぶ者全員が蒼ざめた。
もうこれはどうにもならぬと面を伏せるものさえあった。
「ワッハッハッハ」
信長の笑い声が部屋中に響いた。
「天晴れじゃ。天晴れじゃ日海。三度続けてすべて一目差とは」
「三局ともかろうじて勝たせていただきました」
日海は真面目な顔で一礼した。
「なにを言う。その方わざと一目差にしおったな」
「恐れ入ります」
「ワッハッハッハ、その方の技まことに見事である。五子も置かせてそのうえすべて一目差。日海、その方こそまことの名人であるぞ」
「ありがたきお言葉でございます」
信長は笑みを浮かべていた。
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